Vol.0027 形状記憶シャツ  [2014/04/16更新]

先日、看護学校の同級生の結婚式に出席するために
看護学生や新人時代を過ごした街へ行ってきました。
花嫁である友人は、生まれ持ったべっぴんな顔立ちに負けず劣らず、
心もとってもべっぴんさんでスタイルも良く、看護師としてもエリート。
天から二物も三物も与えられたような子です。
彼女の上司として挨拶をした師長さんは、
マツコの学生時代の指導者さんであり
新人時代に配属された病棟の先輩で、雲の上のそのまた上、
大気圏を越えてしまうほどの看護師のスペシャリストです。
記憶をひっくり返しても、指導を受けた記憶は山ほどあるけど、
誉められたことなんて…ない。
そんな方が、彼女を両手放しで誉めていらっしゃいました。
結婚式だからではなく、本当にそんな人間、看護師なのです。
お式も披露宴も彼女らしさが詰まっていて
終始泣きっぱなし&笑顔溢れる時間を過ごしました。

そんな360度完璧の彼女ですが、
マツコが新人のはじめに崖から転落した時に
心配してわざわざ家に来てくれて、自分もミスをしたことを話してくれて
二人で励まし合ったことを今でも覚えています。
ただ、励ましてくれるだけでなく相談をしてくれたことで
自分一人がつらい、自分だけが看護師としてダメ、と
ネガティブシンキングの真っ只中にいたマツコを
救い出してくれたのが彼女です。
私たちは、計算などなくピンチから無我夢中で
自力で這い上がっていきましたが、
実はこれは、新人さんやプリセプターの全体研修などでも
よく使われる手法です。

「自分だけ、ミスばっかり」「プリセプターと良い関係が築けない」
などの新人さん。
「プリセプティーの気持ちがわからない」
「自分自身が勉強できていないことが多くて落ち込む」
などのプリセプター。
そんなのみんな思うこと、通る道なのですが、当の本人達は
“自分だけ”
というネガティブシンキングに陥ってしまっています。
そんな時に同じ立場の人と話をするきっかけ(=研修を受ける)ことがあると
「悩んでいるのは自分だけじゃないってわかって楽になりました」
「同じ悩みを持っているのに、別の考え方や対応方法もあることが
わかって良かったです」
という感想が出るような心持ちに変化し、
悲観的な考えの負のスパイラルから脱出することができます。
こう文章にすると単純なように見えますが、
一旦負のスパイラルに陥ってしまうと
視野が一気にぐぐぐっと狭くなり、単純なことも見えなくなるものです。

さて、そんな大事な友人の結婚式で訪れた懐かしい街。
もう二度と行くことはないだろうと思っていた場所に行ったり
看護学生時代の仲良しメンバーで久しぶりに飲んだり、
なんやかんや言って、年に何回かは会っている
大好きな同期達と会ったりして一泊二日を過ごしました。
しかし、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎ、
飛行機で関東に戻る時間になりました。

いつも飛行にを乗る時は、のび太君もびっくりの着席と同時に爆睡し、
離陸時の記憶もなく寝続け、飲み物サービスで一瞬起きて再び爆睡、
着陸の衝撃で起床するマツコですが、
今回は珍しく機内の音楽でも聴いてみようかなと思い
帰りの飛行機でイヤホンを耳にあててみました。
番組表を見て「あっ、この選曲いい!」と思ったのが
J-POP、まさかのメモリー。
THE YELLOW MONKEY、エレファントカシマシetc…
吉井さんも宮本さんも今でもかっこいいし、
エレカシなんて今でも通勤ソングなんですけど…。
メモリーなの?
逆にメモリーがおしりについていないJ-POPの選曲に
全く興味をそそられませんでした。
悲しい…。
そんな素敵なメモリー音楽と共に飛行時間を楽しんでいたのですが、
東京の光が見え始めた頃、流れてきたのが
槇原敬之「遠く遠く」でした。

どんなに高いタワーからも
見えない僕のふるさと
失くしちゃだめなことをいつでも
胸に抱きしめているから

遠く遠く離れた街で
元気に暮らせているんだ
大事なのは
“変わっていくこと”
“変わらずにいること”

中略

遠く遠く離れていても
僕のことがわかるように
力いっぱい輝ける日を
この街で迎えたい

僕の夢を叶える場所は
このまちと決めたから

音楽と並行してだんだん光の輝きを増す東京の夜景。
これはね、ずるいですよ!
懐かしい同級生と会い、苦楽を共にした同期と会い
みんなで泣いて笑って食べた後、ひとりぼっちで飛行機に乗り、
大好きな街と人と別れたばかりで寂しさいっぱいの中、
この曲はいけん(ダメ)。

特に歌詞の中にある
“大事なのは変わっていくこと変わらずにいること”は、
中学生の時に立志式という元服にちなんで15歳を祝う行事で、
おとなになる自覚を深めるために将来の決意や目標などを発表したあと
作成した文集の中の好きな言葉という欄に書いたほど
昔からの好きなフレーズです。
しかし、今思えばあの頃、この言葉の意味は
そんなにわかっていなかったように思います。
だけど、大人になって
泥んこになっては
洗濯機でぐるんぐるんに洗われたり
カラッカラになるまで干されたり
雨に打たれたり、風に吹き飛ばされそうになったり
真っ暗闇になっても取り込んでもらえなかったりを経験して
それでも形状記憶で元の姿であり続けることの大切さ
また、臨機応変に汚れたり水に浸かったりする柔軟性と
その変化することへの心の持ち方の変容の必要性を
この歌詞は表してくれていているなあと思うようになりました。
いや、もしかしたらもっともっと洗い続けて着倒したら
また何か違うとらえ方ができるかもしれない。
そうしていく中でも、きっとこの言葉は
マツコの中でずっと大切な言葉のひとつとしてあり続けると思います。

これからもきっと
寒い冬の朝に干されて凍りそうになったり
ぽかぽか気持ちいいけど、花粉まみれになったり
ゲリラ豪雨でびっちょりになったりするかもしれないけど
強いハートで形状記憶を保ち続け
その都度、その刺激をバネにして変化・成長して
形状記憶だけど身体にフィットした着心地の良いシャツのように
なっていけるように
変わっていき、変わらずにいたいです。

マツコ