Vol.0047 女ひとりインド旅3 ~急患発生!~  [2014/09/17更新]

色んな問題をどうにか潜り抜け、
夢にまで見たインドに、とうとう辿り着くことができました。

日本を深夜に出て、
バンコクでトランジットのため10時間以上も待機し、
再び長いフライト時間を乗り切り、
憧れのインドの地に降りたちました!

子どもの頃に家族でハワイに行ったことはありましたが
一人で飛行機にも乗ったことがなければ、
旅行だって初めてでした。

だからもちろん、守ってくれる存在もなく
一人で海外に行くことなんてもちろん初めて。

今、振り返っても、何故そんな怖いことができたのかわかりません。

現在のようにグーグル翻訳があるわけでも
スマホがどこでも使える時代じゃありませんでした。
携帯はもちろんガラパコス。
カメラは使い捨て。iPodもない。

頼れるのは、「地球の歩き方」と「ポケット英会話辞典」。

……そして、自分。

インドに行く前、インドに関する本やネット情報を色々見たのですが

簡単に言えば、
「誰も信じるな。常に疑え。自分は自分で守れ。」
どれも、そんな内容でした。

例えば、
◇ペットボトルは、必ず、蓋が閉まっているか確認する。
→開けられて、別の液体が入れられている可能性がある…。
◇駅や観光地で(客引きに)話しかけられても信用するな
→誘拐される。お金を取られる、だまされる、高額商品を購入させられる。
◇汽車などで現地の人と仲良くなっても、食べ物は貰わない。
ペットボトルを見えるところに置かない。
→飲食物に睡眠薬などを入れられて、眠りこけている間に盗難にあう。

などなど…

で、それを要約した結果、
「誰も信じるな。常に疑え。自分は自分で守れ。」
という孤独な解釈にいたったのです。

そんなこんなで、恋い焦がれたインドでしたが
かなり警戒して訪れたわけです。

宿泊先の宿のお母さんと運転手さんに空港まで迎えに来てもらい、
交通ルールなんてあるのかないのか、
クラクションと怒号が飛び交うなか、
マザーテレサのボランティア期間中にお世話になる宿へ到着しました。

インドの中でも立派なお屋敷で、
厳重に対策がとられた高い門を抜け
玄関を上がったその時、

ドターンッッ!

きゃあああ~!!

と何かが激しく倒れた音と女の子の叫び声。

ななななな、何事!?

インドの母とともに、音のした方へ駆け寄ってみると、
なんと、トイレで女の子が倒れています。

「マツコ、脈を測ってちょうだいっ!」

とインドの母に指示をされ、
救急看護赤点の看護学生マツコが脈拍測定。

正直言って、今振り返って考えると
人を看るという本当の意味も能力もついてない状態で
よく脈拍測定を受けてたったなあと思います。

当時のマツコは、基礎実習を数回したのみ。
実習もまだ各論に入っていない、ナースのタマゴもいいタマゴでした!

あと、そういう自分自身の能力を知らないがゆえの、
「怖いもの知らず」はだけでなく…

異国の地で、まだ何の病気かわからない倒れた人に、
何の感染予防もせずに触れるということ。
その恐ろしさを分からないまま、やっていたという
Wの恐怖。

ただただ、お恥ずかしいお話です。

結局、インドの母と、そして倒れた女の子の友達が付き添い、
急いで病院に連れて行くことになりました。

しばらく経って、病院からはインドの母だけが帰ってきました。

「赤痢だったよ。」

せ、せ、せきり?

あの教科書で習った赤痢ですか?

「ここに来る前、あの子ら、タイの屋台で食べ歩きをしたらしい。
たぶん、そこで感染したみたい」

彼女達は医学生で、タイとインドを女二人で旅行。
最後にこの宿に泊まり、ボランティアをして
マツコが着いた日の翌日に帰国する予定でした。

倒れた子は保険を使って滞在を延長することになったのですが、
相方がずっと付き添うことは保険上困難で、
友達をひとり残し先に帰国することになりました。

私もインドの母に連れられて、一度だけ一緒にお見舞いに行きました。
彼女が入院していた病院は、
コルカタでも設備が整っている大きな私立病院で、インドの母の一押しの病院。
建物も大きくしっかりしていて、お部屋も清潔に保たれていました。

酸素投与と点滴をしていた記憶があります。
ほとんど初対面でしたので、話した内容は覚えていませんが、
とにかく、ひとつひとつの医療行為に過剰な反応をしていたため、
インドの母が
「あの子は、あれで本当に医者になれるのかね?
心配症で泣いてばっかりだよ。」
と言っていたことをとても強く覚えています。

確かに、異国の地で感染症になり、
日本語が通じない病院にひとりぼっち。
怖くて不安で仕方ないと思います。

でも、後から泣き出すくらいなら、
屋台での食べあるきなどは控えるべきだったのに…
と、ちょっぴり意地悪なことを考えると同時に、
赤痢が「身近ではない病気」だったことが、
彼女を過剰に不安にさせた理由だったのかも、とも考えました。

教科書では習っても、今ひとつ「当事者意識」が生まれない。
身近な病気ではないから、勉強してもきちんと記憶には残らず、曖昧。
中途半端な知識が、余計に不安を増幅させた。
という図式だったのかもしれません。

海外で大変なことに巻き込まれる日本人を
ニュース等でよく見かけますが…

普段から安心な環境で過ごしているから、危機意識が不足している。
(自分も含めて…)これぞ日本人だなぁ、という姿でした。

そんなこんなで、インドに着いた早々、

「戒め」

のような出来事を目の当たりにし、より一層

「誰も信じるな。常に疑え。自分は自分で守れ。」

と自分に言い聞かせることになったマツコでした…。

マツコ