みなさんおつかれさまです、なるんミラです🐙
今回はですね入職して1年生の頃のお話です。
といっても、あの頃ってなんか霧のなかっていうか、すごいモヤモヤしてるんですよね。
人生いろいろ忘れてきたなるんなのですが、特にあの時期はつらすぎてつらすぎて、脳ミソが強制的に忘れようとしたんじゃないか?てくらい断片的にしか覚えてないんですよ。
とにかく「この仕事を満足にできるようになるには数年かかるだろうな… 」ていつもぼんやり考えていたことを思い出します。
覚えることや気を付けなくてはいけないことは膨大なのに、いろんなことが思考の、いや施行の、いや試行の?邪魔をしてくる。
薬確認してたら医師に声をかけられ、点滴つくりゃナースコールなり、車いすコールが鳴りやまない。
優先順位??くそくらえじゃ、むしろ第1優先さえおぼつかない。
そんな状態で申し送りすれば先輩に鼻で笑われ(今やこの先輩はとても仲良しですが)、少し気を抜けばインシデントが雪崩のように襲い掛かってくる。
自分のことを話す先輩たちの陰口?のようなものも耳に入ってきたことも1回や2回じゃありませんでした。
なにごともおぼつかなかった自分のせいですが、あの時自分がまともな人だったら乗り越えられなかったような気さえしました。
なんでもかんでも忘れてしまい、どんなときも変な自己肯定感があり、みんなにどう思われているかもにぶい鈍感力を持ち合わせてたからこそ、こんなポンコツな私でも歩んでこれたのは、と。
不足しているものしかなかったと思います。
いつでもどこでも眠ることができることが自慢だった私が、電車で眠ってしまい、山の手線1周ごとに「あれ?1周しちゃった」と目が覚めてはまた眠り結局3周しちゃったわたしが、ねむれなかった早出から深夜の間(まだ3交代だった)。
暗がりに消したTVのモニターに映る自分をぼーーーーっと眺めていた記憶。
時計の音だけ頭に響き「このまま私はどうなっちゃうんだろうな 」とネガティブ降臨して結局一睡もできなくて向かった深夜勤務(ヘロヘロよりひどいヘロヘロで終わった気がする)
5月の連休明けに熱出してしまい、休暇簿ノート書きにくるように師長に言われ、向かっている途中の院内のエレベーターで気を失って倒れてしまい、目が覚めた時には他病棟の病室で、安静制限つきで横になっていた自分がいました。
なんか当時を思い出してきました(笑)
こんな感じで霧のなかをもがくような日々がしばらく続きます。
辞めたい、と思っていたとは思うのですが辞めることが現実的ではなかったのかもです。奨学金も返さないとだったし、何も身についてなかったし、寮だったから辞めるなら家探しから始まるし…
今なら早々に辞めようと決意したかもしれないですが、その選択肢自体なかったもののようなそんな日々でした。
次回は、初めて受け持ち患者さんをお看取りしたときのお話です。
この頃は、初めてばかりだなあ、と書いていて思います。でも今も意外に初めてが多いな、とも思います。
転職して毎回やったことないことばっかしているかもしれないですね。
また聞いてくださいね。まだ三寒四温ですから、みなさん十分自分を甘やかして大事に大事にお願いします。ではまた!